大判例

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東京高等裁判所 昭和61年(う)1163号 判決

被告人 長谷川始

〔抄 録〕

第二 控訴趣意中被告人の責任能力に関する事実誤認の主張について

所論は、被告人が本件犯行を行ったと認められるとしても、被告人は本件犯行当時精神分裂病のため心神喪失の状態にあったのに、これを認めず単に心神耗弱の状態にあったにとどまるとした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるというものである。

思うに、被告人が本件犯行当時精神分裂病に罹患していたことは原審鑑定人高木洲一郎の鑑定どおりと認められる。しかしながら、同鑑定人がこの病状に加え、被告人が生来知能がやや低い上、性格障害があり、さらに本件犯行時には飲酒の影響が重なって衝動性、興奮が増強されていたとして、被告人は当時物事の是非善悪を弁別し、それに従って行動する能力に欠けていた、すなわち心神喪失の状態にあったと結論づける点についてはこれをそのまま採用するわけにはいかない。けだし、一般に、精神分裂病に罹患している者の犯行であっても、その責任能力の有無・程度は、当該病状のほか、犯行前の生活状態、犯行の動機態様等をすべて総合して判断すべきものと解されるからである。したがって、原判決がこの観点から、右の諸点について詳細に検討を加えているのは正当であり、そして、結論として(一六丁、一七丁)、「被告人が犯行前後の自己の行動につき記憶見当識があり、犯行状況についてもある程度の記憶を有していること、犯行動機は一応了解できること、右動機や犯行自体が精神分裂病と直接関連する異常体験に支配されたものではなく、その病状の程度も重症でないこと及び酒酔いの程度もさほど高くなかったこと、などを総合勘案し、本件犯行時被告人が心神喪失状態にあったとはいえない。」しかし、「この精神分裂病に加え飲酒の影響もあって、被告人は本件犯行時自己抑制力が乏しく衝動性興奮などが著しく亢進増強された不安定な精神状態下で本件を敢行したもので、当時事理を弁識し、それに従って行動する能力が著しく減退した心神耗弱の状態にあった」と認めたことは、関係証拠に照らし、十分是認できるところと思われる。

これに対し所論は、<1>被告人の本件犯行には納得できる動機が存しない、<2>犯行態様が執拗で、一種異様な感じを与えるほどのものであり、アルコールの影響があったとみても、通常人の理解できないものである、<3>犯行後の行動についても、自ら救急車を呼び、かつ現場にとどまっていたことは、犯罪者の行動として不可解というほかない、<4>右救急車を要請した一一九番通話の内容も、趣旨不明である等の諸点を挙げ、被告人は本件犯行時心神喪失の状態にあったと反駁する。

しかしながら、右<1>の本件犯行の動機の点については、原判決(三丁、一五丁、一六丁)が認定している次のような被告人の感情の動き、すなわち被告人はかつて志摩に対し酒代を貸したりしているのに、同人が被告人の悪口を言ったり、被告人から傷害を受けたとして警察に届けると言っていた由を聞いて憤慨し、本件前日の昼間志摩を探して右のことで詰問のうえ謝罪させ、いったん和解はできたものの、同日夜飲酒を重ねた挙句、犯行現場の公園に戻って志摩の寝ている姿を見るやにわかに昼間の怒りを再燃させ本件犯行に及んだという点は、証拠に即した適切な推認というべく、そうだとすれば本件は決して動機不明の案件ではないと考えられる。次に、右<2>の犯行態様の点については、被告人は約一五分の長きにわたり志摩に対し蹴る、踏む等の暴行を継続していたことがうかがわれ、これは所論のいうように執拗なものといえるものの、元来被告人は爆発的、易怒的性格の持主で、粗暴的傾向を有し、本件犯行時には飲酒の影響によりその傾向がさらに亢進していたと推測できるので、このことを前提に考えれば、被告人の志摩に対する暴行態様が執拗であったことはむしろ容易にうなづけるところである。また右<3>の犯行後の行動の点については、被告人が一一九番通報したのは、自らの発意というより、近くにいて犯行を制止した前記佐藤の勧めに従ったものであり、右通報後現場に戻ったのも佐藤が公衆電話付近までつき添っていたからと考えることができ、そうだとすれば特段奇異ともいえないと思われる。さらに右<4>の一一九番通報内容の点については、たしかにその内容は、所論のいうように不正確、断片的なものであり、一見趣意を把捉し難い面があるようにみえるが、しかし被告人程度の知能の持主が飲酒酩酊のうえ興奮してしゃべるとすれば、そのような言い方になることもあやしむに足りないであろうし、かえって本件犯行を念頭において考察すれば、犯行の動機遠因を洩らしているとさえいえないこともないものである。

以上のように、所論指摘の諸点は、いずれも被告人の弁別能力ないしこれに従って行動する能力の欠如を疑わしめるものとはいい難い。もちろん、当裁判所も、本件犯行の始終をみて、被告人の行為が正常人のそれと同様であるとは考えない。さればこそ原判決も、被告人は本件犯行当時心神耗弱の状態にあったとしたのであって、被告人につきその程度の異常さは肯認するのを相当とするであろう。しかし、それを超え心神喪失の状態にあったとまではおよそ認め難い。原判決に事実誤認のかどはなく、論旨は理由がない。

(萩原 小林 奥田)

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